挽く

22年間でいくつかのアルバイトを経験してきた。公文式の採点に始まり、引っ越し業者(十日でやめた)、古着屋店員(お洒落な人が来るような店ではなく、おばさんが引き出しの奥から何十年ぶりに引っぱり出してきた洋服をゴミ袋に大量に詰め込んで持ち込んでくるような店だった)、スナック(これについてはまた別の機会にいつか書きたい)、販売デモンストレーション(スーパーやイベント会場の片隅で新発売のビールだのジュースだのを売りつけるアレだ)、そして喫茶店店員だ。今日は昼から喫茶店で働くことになっている。いくつか経験した中で最も時給が低く(何しろ最低賃金を割っている)、最も好きなアルバイトだ。

喫茶店の最寄り駅は自宅の最寄り駅から二駅しか離れておらず、その気になれば歩いていくことも可能なほどの距離にある。個人経営の喫茶店で、店内は積み重ねてきた歴史を感じる落ち着いた内装だ。よく言えばレトロ、悪く言えば古い店だった。壁のほとんどが大きくて古い(この店にあるもので古くないものはほとんど無いと言ってもいい)本棚で囲まれており、そしてそのすべてにぎっちりと漫画が詰め込まれている。いくつかの本棚はその重みに耐えかねて、激しく湾曲している。いつか床が抜け落ちてしまうのではないかと私はたまに不安になる。喫茶店は夫婦が経営しており、アルバイトは3人いるが、定休日を除いた6日間をその3人がひとり2日ずつ分担しているので顔を合わせることはほとんど無い。私は土曜日と月曜日を受け持っていた。ひどく混むこともあれば全く客が来ないこともある。ひどく混んでいる時は注文を取り、水をついで周り、コーヒーをたて、料理を運び、会計をし、新たに来た客にメニューを出し、とにかく歩き回る。全く客が来ない時は、奥さん(かマスター)と世間話をしたり、パンを焼いたり(パン焼き器に小麦粉だの砂糖だのをぶちこんでスイッチを入れるだけ)、本棚や窓を拭いて過ごす。よく拭くのでそんなに汚れているわけではないのだが、あくまで働いてますよというポーズのための作業だ。たまに漫画を読んでもばれることはない。そして今日は月曜日であり、おそらくほとんど客が来ない。

このアルバイトで最も好きな作業は、何といっても「挽く」作業だ。挽くものは氷、そして珈琲豆のどちらかである。珈琲豆は専用の機械(おそろしく古い)に入れてレバーを上げると、さながら工事現場のようなけたたましい騒音を立てながら粉末になる。粉末になった珈琲豆はより独特の匂いがして私は好きだ。そして氷だが、これはアイスコーヒーやアイスティーが注文された時挽くことになる。製氷機からスコップで氷をいくつかすくい、かき氷機のようなあの機械(おそろしく古い)に入れ、右側面にあるレバーを回転させる。おそらく左利きの人のことは考えて作られていない。ゴリゴリゴリゴリという振動と音には、言い様のない快感がある。大抵私はこのとき人には言えないような愚痴不平不満だのを想像しながら氷を削る。ゴリゴリゴリゴリという音とともに、そういったよろしくない感情は消化される。そして今の季節は夏であり、仙台も例年のごとく暑い日が続き、多くの客が冷たい飲み物を求めて喫茶店へと訪れる。喫茶店へ向かう時は、私のアルバイトへ向かう道のりの中で唯一足取りが軽い。