別れ

約2週間ぶりに勾当台公園駅に降り立った。かつての職場―平たくいうとスナック―から先月分の給料を受け取るためである。勾当台公園駅から歩いて数分のところに、県内(というか東北)一の歓楽街である国分町がある。かつての職場は国分町と書かれたアーケードをくぐってすぐの雑居ビルの中にあった。

ノックをして重たい扉を開くと、体の線にフィットしたドレスに身を包んだママがカウンターで作業をしていた。お久しぶりです、と挨拶すると、声が治ったことを喜んでもらった。以前アルバイトを辞めさせてもらうために挨拶に来た際は、丁度風邪をこじらせて声が全く出ず、手紙を渡して断りを得たことを思い出した。ママに勧められるがままに、奥のボックス席に腰掛けた。店内は縦長に細く、入ってすぐの左手に4人掛けのカウンターがあり、その奥にボックス席が2つある。せいぜい10人程度しか入らない小さな店だ。それでも、ママの長年の付き合いのお客さんがひっきりなしに店を訪れ、いつも狭い店内は賑やかだったのを、私はソファに腰掛けながらぼんやりと思い出していた。考えてみれば少し前まではその中に自分もいたはずなのだが、今となってはぴんと来ない。

ママに手渡された封筒には、私が喫茶店で40時間掛けて稼ぐ金額を遥かに超える万札が入っていた。ママにその後を訊かれて、私は母親と仲直りしたこと、複数のアルバイトを掛け持ちしてなんとかやりくりしていること、夏休みになったら引っ越しか何かしらのアルバイトを増やすつもりであることを報告した。そしてわずかな期間で辞めるに至ったことをもう一度、きちんと口に出して謝罪した。ママは全然気にしていないようだった。いちいち気に留めていたらやっていけないほど、彼女は沢山の出会いと別れを繰り返してきたはずだった。いつの間にか音信不通になったり、求人の応募をしてきたのに面接に来なかったりといった女の子たちの話を聞かされていたので、せめて最後にきちんと挨拶はしようと思っていたが、結局3ヵ月で辞めるに至った私も、ママにとっては彼女たちと変わりないのかもしれない。そのことが少し寂しかった。

立ち上がって頭を下げると、彼女は「こうしてご縁があったのだから、また会えるといいわね」と言って、微笑んでくれた。でもきっと二度と会うことはないと思うし、彼女もそう分かった上で言ったのだと直感的に思った。私は最後にもう一度深く頭を下げ、重い扉を閉めた。

 

家に帰ると、客から貰った名刺と自分の名刺を屑かごに捨てた。