若者のすべて

今日は入社してから幾度となく繰り返してきたよくある模範的金曜日のはずだった。夕方から電話の数がだんだん減って、五時半からの会議に向けてみんながやれやれと思いながら準備を始めているのが感じられた。なんだって金曜日に会議なんかやるんだろう。
私も準備するかと重い腰を上げた時、社内の後輩の女の子からチャットが来て、明日の予定を尋ねられた。三年ぶりに行われる時代祭-京都ではそこそこ有名な仮装行列のお祭りだ-に行きませんかと誘われた。京都らしいことしたくって、と彼女は言った。予定なんかないしあってもキャンセルするにきまってると返事した。後輩の女の子は一個しか歳が変わらず多分私のことを先輩とは思っていないので、結構な頻度でタメ口をきくし、平日に突然飲みに誘ってくるし、ソフトボールの試合だとかミッフィーの展示会だとか、私の知らなかった-だけど絶対私が好きなところ-にいつも連れ出してくれた。私はそんな彼女が大好きだった。
しかし彼女の誘いは小一時間ほどで消し飛んだ。再び来た彼女のチャットには、たった今知人の訃報があり、明日行けるかわかりませんと端的に書かれていた。今どこにいる?と聞くと、あと五分くらいで会社に戻るところだと返事が来た。いつもろくにつかってない脳味噌がフルスピードで動き、上司に後輩が生理痛で死んでいるようなので迎えに行っていいかとこっそり相談した。理解ある上司ですぐに了承がもらえた。上着スマホをつかみ外に飛び出すと、目を真っ赤にした彼女が立ち尽くしていた。私達は泣きながら抱き合った。

最寄りのコンビニまで歩きながら、彼女は訥々と訃報の内容を語った。彼女が親しくしていた高齢の男性が今朝亡くなったとのことだった。私も幾度となく二人の仲の良さを聞いていたし、彼が沖縄料理の店をしているとのことでいつか絶対連れて行きますと言われていたこともあった。早く行けばよかったと思った。ホットの綾鷹紅茶花伝を買い、二人でそれを飲みながらゆっくりと歩いた。秋特有のすこんとした高さのある夕暮れの空が綺麗だった。いつもそんなことしないんですけど、と彼女が口を開いた。いつもそんなことしないんですけど、今朝は空が綺麗で撮っちゃったんですよね、と続けた。だからですかね、と赤い目をして彼女が困ったように笑った。上手い言葉が言えなくて、私達はまた道端で肩を寄せ合って泣くしかできなかった。

会議の途中で彼女は早退した。葬式の日程がわかったら連絡しますとチャットが来たけれど、何も気にしなくていいと返事した。

会議の後、同期の誕生日会のために大阪へと向かったけれど、食事の際もどこか集中できなかった。京都に戻れたのは十一時頃だった。大阪から京都に帰ってくると、体感で五度くらい寒いように感じた。冷たい空気を裂くようにして自転車を漕いでいる時に、もやもやの正体がなんとなく分かった。それは、たとえ面識がなかったとしても、好きな人の好きな人がいなくなってしまうことは想像以上に辛いということだった。どこかから金木犀の匂いがする夜だった。秋が終わろうとしていた。