レモンケーキ

秋になるとどうにも寂しい気持ちになる。
恋人の有無とか友達との予定とか、そんなの関係なく、なんというか、とにかくやるせない気持ちになる。気温が下がって、冷たい空気が服の隙間からするりと入り込んで物理的に体を冷やすのと同時に、心まで冷たくしてしまうような気がする。でもきっとそれだけが原因じゃない。

同居している彼氏とは先日一年記念日を迎えた。出会ったのは去年の七月の終わりだったから、彼と過ごす二度目の夏を終えたことになる。去年の今頃は一年後御池で一緒に同棲するなんて想像もつかなかった、と私がいうとおれもだよと笑った。エースホテルの三階のイタリアンは宿泊しているであろう外国人の集団しかおらず、月曜日から記念日を祝っている男女は我々以外には見当たらなかった。外国人は体温調整機能が我々とは段違いに発達しているようで、屋内席が空いているにも関わらずわざわざテラス席でビールをおいしそうに飲んでいた。半数以上が半袖だった。ウェイターはあまりにラフな格好なため最初客と見分けがつかなかったが、目があった瞬間颯爽と歩み寄ってきたことでほっとした。彼氏がコースの内容を決めた後飲み物のリストを頼むと、自慢の息子の写真が収まったアルバムをお披露目する親のようににっこりと微笑んでリストを広げてくれた。我々が季節のジントニックと生姜と葡萄のハイボールを頼むと、息子のアルバムを小脇に抱えて颯爽とカウンターに戻り、実は娘もいたんですよと言わんばかりの笑顔でジントニックハイボールを連れてきた。確かに美味しいハイボールだった。料理もおいしかった。どれも西院では食べたことのない味だった。

帰り道に御池通を歩いているときに、このやるせなさの原因がわかった。姿は見えないのに確実に辺りに蔓延している金木犀の匂いだ。これのせいで、過去の記憶がやたら掘り起こされて寂しくなってしまうんだ。尼崎でも東大阪でも同じように金木犀の匂いを幾度となく感じてきた。社会人になってから恐ろしい頻度で住む場所が変わり、勤務地も変わり、時には予想もしていなかった誰かと生活を共にしていたりする。今の生活に不満はないし、不満どころか自分の身の丈にあっていないほど立派な暮らしをさせてもらっている。端的に言えば幸せだった。去年の今頃じゃ考えられなかった。ということは来年も今とは予想もつかなくなっているんだろうか。この穏やかな日々が来年もし消え去っていたらという恐怖が、金木犀の匂いとともに鼻腔から体内に散りつもっていった。

家に帰ってから誰かこんなこと歌ってたよなと思って検索したら、きのこ帝国が歌っていた。ちょっと救われた気がした。

土曜日は散歩がてら河原町のBALへ行った。無印良品週間だったので店内はひどく混雑していた。金木犀ディフューザーは完売だった。若いカップルが立ち尽くしており、どこの店舗にも無い、と落ち込む彼女を彼氏が慰めていた。彼らを横目にお目当てのウッディのディフューザーを持ち帰った。悩んだ末にトイレに置いた。彼氏が出張から帰ったときに、リビングが違う匂いだと嫌かなと思ったから。トイレに置いてから、彼が―私にとっての金木犀のように―ウッディの匂いに何か思い出があるかもしれないという可能性に気がついてしまった。なにもないことを祈る。