穴の無いドーナツ

Y君が尼崎に帰ってきたというのを知ったのは、金曜の夜7時だった。比喩でなく文字通りくたくたになった体で家につき、浮腫んで脱ぎにくいヒールから足を無理やり脱出させ、足と手を洗い、マットを広げ、筋トレ用のKポップを流すためにスマホを持ち、やっとそこで私は彼からのLINEに気がついた。11時過ぎまで酒を飲む予定なのでその後家にきてもいいか、という用件だった。ドンキーコングをやりましょうと書いてあった。去年の夏頃、行きつけの居酒屋で酒を飲み、酔っ払って勢いでネットで購入した64のことだ。私が意識混濁の中頼んだ64は、しっかり受注、検品、梱包、配送され、酒を飲んだ二日後には我々のレオパレスに届いていた(私はまだ二日酔いの最中だった)。銀行口座からはきちんと4000円弱が引き落とされていた。いい時代になったものだ。我々はそれで一度だけドンキーコングをした。大人になってからやるドンキーコングはかなり面白いということを知った。もちろん、彼はそのためだけに来たのではないということはわかってるけれど、それにしたってあれは面白い夜だった。

私は床に広げたばかりのマットを畳み、掃除機をかけて皿を洗ってゴミを手早く捨てた。


Oちゃんは私の同期であり、Y君は一つ年下の後輩だった。二人ともはじめは恋人がいて、私だけが恋人がいなかった。いつしか私は同期の男の子と付き合い、Oちゃんは大学からの恋人と別れ、Y君はつい最近コロナの影響でーコロナが直接的原因でないにせよ引き金を引いたのはコロナだー三年付き合った彼女に振られていた。我々はかつては同じアパートに住む同じ会社で働く若者だったが、今では同じ会社で働く恋人がいない若者になってしまった。(26歳は若者カウントしていいよね?)私たちが最後にこの部屋に集まったのは、丁度Y君が彼女に振られた時以来だった。あれからY君は営業所に異動になり、私は恋人によくわからない理由で振られていた。三ヶ月弱しか経っていないのに、あの夜から随分経ってしまった気がした。


久しぶりに配線された64は、今までほったらかしにされていたことを責めるようにうんともすんとも言わなかった。コンセントを抜き挿ししたり、ウェットティッシュで拭いてみたり、彼女の機嫌を損ねた彼氏のようにあらゆる角度で向き合ってみたが全ては無駄になった。無言の抗議だった。Y君は別にいいですよ、といいグラスをかかげた。私たちは久しぶりの再会に乾杯した。前過ごした夜と違うのは、私が独り身になったこと、私の彼氏がこの場にいないことだった。本当の大事さは居なくなってから知るんだ、と私が呟くと、らんらららんらん、へいへいへーへえい、と二人が返した。同世代の人間と話していると確かにある種の手間が省ける、という村上春樹の一説を思い出した。


話題は振られたときに聴く歌についてになった。私があいみょんのわかってないを流し、Y君がモノノアワレのドーナツを流した。YouTubeはすぐにこの三人組が失恋した傷を舐め合う哀れな男女なことを把握したらしく、キリンジのエイリアンズを流した。いい選曲だ。Y君が「僕、これ聴いて泣いてました」と言った。YouTubeってすごい。


Y君の終電がなくなり、Oちゃんが自前の布団と枕を持ってきた。私とOちゃんが床に敷いた布団で寝て、Y君はソファで寝ることにした。高低差こそあれど、立派な川の字だった。Oちゃんが修学旅行みたいと言い、私が好きな人の話する?と返すとくすくすと笑った。夜の虫が鳴いていた。Y君のいびきを初めて聴いた。私とOちゃんは暫く眠れなくてくすくすと笑っていた。素敵な夜だった。