シンデ・ファッキン・レラ

世間がコロナウイルスで騒がしくなり、関西に支社を構える弊社にもその波は押し寄せてきた。八割の社員が在宅勤務へと変更になり、三階の社員食堂は封鎖された。私は残り二割のほうに含まれたらしく、毎日出社しては明らかに減った受注業務をこなし、昼休憩は自分のデスクで馬鹿でかいパソコン二台の画面を見つめながら自前の弁当を食べ、定時には退社するようになった。冷たいご飯は美味しくないが、それ以上に言えることは、パソコンの画面を見つめながら食べるご飯は本当に美味しくないということだった。


降って湧いた八連休も、仙台の実家に帰ることができない今となっては暗証番号のわからないクレジットカードぐらい意味の無いものと化した。狭いワンルームで筋トレをしたり、茶葉から紅茶を煎れたり、何度も見たアイドルのDVD五種を各二再生ほどしたが、それも飽きてしまった。極力出ないようにしていたが、狭いワンルームにいると発狂してしまうので仕方なく近所の川へ走りに行くと同じ考えの人たちで河原は埋め尽くされていた。ワンルーム以外に住んでいる人が強制的に送還される罠について妄想しながら5キロほど走って帰宅した。


レオパレスに住んでいて唯一といっていいほどの利点は、Lmovieという動画サービスを享受できることだ。最新作などは課金が必要だが、おおよその作品は無課金で楽しめる。この休暇中にシザーハンズ、ミッションインポッシブル2、ラッシュアワーニューヨークの恋人、プリティウーマンを見た。我ながら分かりやすい洋画が見たかったんだなとは思う。


プリティウーマンは見たことがあったはずで、話の筋もおおよそ分かっていたけど、最後の通行人の台詞が気持ちに水をさした。『ここは夢の国ハリウッド、夢を持ち続けよう!』みたいな内容の台詞。たしか冒頭にも同じ台詞が挟まれていた。ビビアンは初め夢は持っていなくて、エドワードが期待していた甘い言葉をくれなかったことでふんぎりがついて故郷に帰って高校を卒業するというとってつけたような夢を持つ。でもそれもエドワードが迎えにきたことで-最後まで描かれてないにせよーおそらく故郷には帰らずにエドワードと結ばれたはずだ。夢を持ち続けたからハッピーエンドになったわけではなく、コールガールと大富豪の身分を超えたラブストーリーなはずなのに、夢を持ち続けることで幸せになれますよ!夢に向かって頑張りましょう!みたいなメッセージにすり替えられていることに興醒めしてしまった。変身する前からかわいかったシンディが、さらに美しくなる様子は見ていて爽快だったのに。昔はこんな些細な台詞なんか気にも留めなかったのに。



遅くまで映画を見るかゲームをする習慣がついてしまって、案の定大学生のような生活スタイルに戻ってしまった。加えて関西はありえないほどの気温の変化により、夜はエアリズム一枚でいいほど暑く寝苦しい夜が続いている。頭の中ではハリウッドの通行人が夢はあるかと怒鳴り続けている。あの台詞に嫌気がさすのは、自分に夢がないからというのは明白だった。今の私は、台風に見舞われた人が街灯にしがみつくように、ただ目の前にある仕事を片付けることで精一杯だから。ロイオービソンが囃し立てるように歌うプリティウーマンを聴いて、大学生の時にバイトした喫茶店の常連のおばあちゃんのことを思い出した。歳をとるとどうしても昔のことばかり思い出してしまって、悲しくなってしまう。おばあちゃんもそれこそ淑女の様にお洒落に気を使う素敵な女性だった。就職で名古屋に行くことを伝えた時に、あなたはどこにいっても大丈夫、となにを根拠に言えるのかわからないほど力強く言ってくれたおばあちゃん。今の自分が、おばあちゃんに胸を張って会いに行ける社会人になれたのかわからない。目下の夢は、おばあちゃんに素敵なお土産を持って、自分の中で一番のおしゃれをして会いに行くことに決めた。いつ仙台に帰れるかは今のところわからないけれど。