上海蟹の朝

現実的な一日だった。そういう一日がある。現実的になって現実的な処理を現実的にしなければならない日。

洗濯機を回している間に筋トレと掃除機がけを済ませる。洗濯物を干して化粧をし、阪急で烏丸へ行き美容院で髪を切る。それが終わると真っ直ぐ下京警察署へ行く。カウンターにはおよそ警察官らしくない外はねの茶髪の女の子が座っており、いまは昼休みなんで次は一時からっすね、と教えてくれた。じゃああんたはいま何のためにカウンターにいるんだと言いたくなる気持ちをこらえて礼を言う。近くのヴェローチェで暇を潰す。一時ちょうどにもう一度警察署へ戻り、大阪の同棲していた時の住所から今の京都への住所へと書き換えの手続きを済ませる。免許証を受け取り大丸へ行く。週末に会う友人への結婚祝いに、シロの柔軟剤と洗剤を選び包装してもらう。阪急で最寄駅へ戻る。自宅近くのショッピングモールの中の歯医者へ行く。クリーニングと定期検診を受ける。ショッピングモールの中のスーパーで買い物をして自宅へ戻る。洗濯物を取り込んで畳む。シーツを洗い立てのものに付け替える。スーパーで買ったものを開封してあるべき場所へおさめていく。(マスクを玄関のマスク入れへ、糸ようじを洗面台へ、洗面台を整理して空いたスペースにマウスウォッシュを置く)
週末家を空けるため冷蔵庫にあるものをぶちこんでシチューを作る。職場でもらったフランスパンとシチューで晩御飯にする。週末の旅行のパッキングをする。
ここまでするともう夜になってしまった。月に一日しかない有休は、おもいきり遊びに使ってしまうかこういう現実的な処理をしてしまうかのどちらかになってしまう。ちなみに来月の有給は会社のおじさんに付き合って登山に行く。同い年の友人は皆結婚したり子供の世話をしていたりするのに。とても二十八歳の女が使う有休の使い方ではない。何かが激しく間違えている。

先週は近所の男の子ーアプリで会った烏丸のフリーランスwebデザイナーだーと遊んだ。レンタカーのマツダ2を走らせて滋賀へ行った。タオルも持っていないのに琵琶湖で足を濡らして笑った。車内でいろんな音楽を流しては一緒に口ずさんだ。くるり琥珀色の街、上海蟹の朝がながれて私が口ずさむと、彼がこれなんだっけと聞いてきたので教えてあげた。私が知ってる?と聞くと、彼は元妻がよく歌ってたとなんでもない顔で答えた。彼と一緒にいると穏やかな気持ちになれたし、彼も落ち着いて過ごせているように感じた。でもこの平穏は出口のない堂々巡りのような関係の上に成り立っていることも同時に感じた。
タイムズの駐車場へ車を返すと当たり前のように私の家へ来て、当たり前のように泊まった。当たり前のように月曜が来て、当たり前のように私は出社しなければいけなかった。眠たそうな彼をたたきだす勇気も無く、テーブルの上に合鍵を置いた。返すのは今度でいいと言うと、彼はありがとうと微笑みそのまま寝てしまった。
家に帰ると彼に貸した部屋着とタオルケットがきちんと畳まれてあった。いつも私が着ているお気に入りのドラえもんのTシャツは、きちんと畳まれるとまるで私のものでは無くなってしまったように見えた。

現実的な一日はどうしても現実的なことばかり考えてしまう。彼は現実的に将来の無い相手であることは明らかだった。何かが激しく間違えている。ただ、今日のような有休を誰とも会話せずに終えていくのはどうしても寂しかった。心の中で、玄関のドアがかちゃりと開いて彼が入ってきてくれたらいいのにと願ってしまう自分がいた。どれだけ眺めてみても、ドアは冷たく無言のままだった。